「潮騒」(三島由紀夫)

そのすべてが「純粋」な

「潮騒」(三島由紀夫)新潮文庫

貧しい家に母と弟と暮らす
18歳の若者・新治は、
ある日、浜で見慣れない少女を
見かける。少女は
村の有力者・照吉の娘であった。
次第に惹かれ合う二人は、
休漁日の日、観的哨跡で
落ち合う約束をする。
その当日は嵐となり…。

はじめに断っておきます。
私は三島の良い読者ではありません。
「金閣寺」「仮面の告白」の2作品を読み、
もういいや、という
気持ちになりました。
それ以来、本作品を含め
数作品しか読んでいません。
ドロドロした作品は
決して嫌いではないのですが、
三島作品だけは引いていました。

その三島作品の中でも、私が何度となく
再読してしまうのが本書です。
もし、日本文学の中で完璧な長編小説を
1つだけあげよと問われれば、私は
間違いなく「潮騒」と答えるでしょう。
そして、その特質をあげよと
求められれば、私はすべてが
「純粋」であるからと述べるでしょう。

10代で読んだときには、
新治と初江の「純粋」な愛に
胸がいっぱいになりました。
自分の欲望など微塵も無い、
純粋に相手を思う気持ち。
そうか、本当の愛というのは
こういうものなのか。
心が揺さぶられた記憶があります。

20代で読んだときには、
登場人物の「純粋」な人柄に
惚れ込んでいました。
それぞれがしっかりとした
個性を持ちながら、
しかし悪人がいない。
頑固であるものの分別のある照爺、
しっかり者で真っ直ぐな新治母、
新治を密かに恋する千代子、
新治を応援する燈台長夫妻、
みな魅力ある登場人物たちです。
初江を辱めようとした安夫でさえ、
思慮の足りないぼんぼん。
憎むほどではありません。
それらが無駄なく配置され、
物語を彩っているのです。

30代で読んだときには、
文章の「純粋」さを
味わうことができました。
「歌島は人口千四百、周囲一里に
充たない小島である。」から始まり、
「少女の目には矜りがうかんだ。
自分の写真が新治を
守ったと考えたのである。
しかしそのとき若者は眉を聳やかした。
彼はあの冒険を切り抜けたのが
自分の力であることを
知っていた。」で終わるまで、
不必要な文章は全く見当たりません。
新治と初江の若く美しい肉体同様、
余分なもののない、
精悍な文章の連続です。

そして50代となった今読み返すと、
その美しい風景描写に
深い感銘を受けます。
丹念に読み込むと、
訪れたこともない孤島の美しい景観が、
脳裏にしっかりと像を結んできます。
それは不浄なものを一切含まない
「純粋」な情景として迫ってきます。

本当によい小説は、
読むたびに新しい感動を
もたらしてくれます。
そのすべてが「純粋」な本作品、
中学生に強く薦めたい一冊です。

※ちなみに本作品、
 これまで何度か映画化もされました。
 しかし、本作品の良さを
 100%表現しきったものは
 ないのではないかと思います。
 みなさんは
 どの初江を思い出しますか。
 吉永小百合?
 山口百恵?
 それとも堀ちえみ?

(2019.6.7)

RUBEN EDUARDO ORTIZ MORALESによるPixabayからの画像

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